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ルワンダ内戦


フツ族:先住の農耕民族(人口比率、約90パーセント)
ツチ族:フツ族を支配。ルワンダ王国を形成(人口比率約10パーセント)

 ルワンダにおける内戦はフツ族とツチ族による内乱である。ルワンダは少数派のツチ族がフツ族を支配していたが、ヨーロッパ的な封建社会ではなく大変穏やかで、限定的な支配だった。

 しかし、ルワンダを植民地支配したベルギーとドイツはこれを誤解し、より封建的な支配へと変革させてしまった。フツ族はツチ族の支配に苦しむようになり、これが現代における紛争の原因となる。

世界大戦が終わり、フツ族解放運動党によってルワンダ共和国独立。ツチ族は反発し、軍事的反攻に転じる。フツ族はこれを撃退し、ツチ族を無差別に1万人以上虐殺。10万以上の難民を産む。

 難民化したツチ族はルワンダ愛国戦線を組織し、政府軍との戦闘を開始。

 1994年それまで安静化していた内乱は、フツ族大統領暗殺をきっかけに激化する。およそ100日の間にフツ族の民兵によってツチ族約50〜80万人が虐殺された。国際社会はこの残酷さと規模の大きさに驚愕した。しかし、同年ルワンダ愛国戦線は首都キガリを制圧し、フツ族穏健派も加えた部族融和政権を樹立した。

ツチ族による政権樹立後、それまで政権を握っていたフツ族は雪崩を打ってウガンダ、コンゴ、ブルンジに殺到し、難民の規模は180万人にも膨れ上がった。難民キャンプではコレラ、赤痢が蔓延し、数万人の死者がでた。97年には逃げた先のコンゴで内戦が勃発し、難民が一転ウガンダに逃げ戻ると言う現象が起きたが、その際逃げる難民にコンゴ、ルワンダ両政府軍が発砲し、多数の死者がでた。

難民が戻ると同時に再びフツ族による反乱勢力が生まれ、ツチ族はこれを恐怖で抑圧。依然対立は続いている。



元来、穏やかに共生していた民族が、植民地政策によってお互いを憎みあうように仕向けられた結果、起こった紛争のよい例である。歴史、伝統を破壊されたことによって生まれる争いもある。2001年、この紛争は鎮静化に向かいつつある・・・しかし内戦で徹底的に破壊された経済は、再建の見通しは立たない。


ルワンダにおける大量虐殺は世界中を震撼させた

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